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人間の質を高めるには mottainai の精神が必要だ

 最近思ったんだが,通信事業会社の利益の大半は,実は迷惑メールや広告メールの通信料なんじゃないのか?


 うちの親から「迷惑メールの設定の仕方を教えてほしい」と言われ,プロバイダのサービスでフィルタをかける設定をしたのだが,その時思ったことはまず,

迷惑メールフィルタの設定が面倒くさすぎる!

ということだ。うちは KDDI を利用しているのだが,その設定をするためにはKDDIのセルフページから設定のページを出す必要がある。そのセルフページを出すためには,お客様サポートページにログインして設定変更を選ぶんだが,そのめったに開かないサポートIDの登録を確認するのにとても手間がかかった。
 迷惑メールの設定くらい,専用のページからメールアドレスとパスワード,それと念のため顧客IDとパスワードくらいで設定できるようなサービスがあってもいいと思うんだが。とにかく,そのページにたどり着くまでがとてもわかりにくい。
 また,フィルタのオプションも,アドレスかドメインが指定のものか空欄でしかないと設定できないという非常にお粗末なもので,これだったら有料サービスでもキーワード設定などが充実していた方がよっぽど便利だ。結局,そのメールを受信してからメールソフトの設定で振り分けるしかないという事になる。


 これはまた別の話だが,以前あまりにも頻繁に送られてくる迷惑メールがあり,差出人の最終ドメインが OCN であると特定できたので,OCN に問い合わせた事があった。実際に来たメールの Return-Path などのヘッダ情報を全てコピーして見てもらったところ,これは OCN のプロバイダユーザからのメールではなく,OCN のドメインが偽装されたものであり関係が無いという返事が返ってきた。
 偽装であれば,すぐに対応のしようが無いのはまあ仕方がないと思うが,通信事業者が自分のプロバイダの名前を勝手に使われてなんとも思わないのだろうか。私のように,このような問い合わせをわざわざする人のほうが少ないと思うが,普通の感覚では,そのプロバイダは利用者が迷惑メールを配信していてもそれを野放しにしておくような会社だと思うのではないだろうか。それでもドメインが勝手に利用されて,ただ被害者面をしているだけなんだろうか。


 携帯のメールにしても,迷惑メールを設定すると,本来受信したいようなメールまで入ってこなくなってしまうなど,ちょっと「サービス」とはとても呼べないくらい細やかさに欠けている。

 どうも,通信事業者は全体的に,迷惑メールへの対応が消極的過ぎると言わざるを得ない。例えば Google のような優れた検索機能があれば,迷惑メールに事細かに対応することは可能ではないだろうか。これだけ社会問題にもなっている迷惑メールに,いつまでも対応できないでいるのはむしろ不自然に感じる。





 迷惑メールが増えて,ユーザにとって何が困るのかといえば,一番多いのは受信容量が増えるのと,メールの振り分けに時間がかかる事だと思う。これはメールという通信手段にとっては,致命的な品質の低下だ。
 メールの一番の利点は,情報伝達のスピードが速いことと単価が安いことだ。しかし,不要な迷惑メールがこのまま増え続けていけば,受信容量が増えるために時間がかかる,メールを振り分ける手間が増える。また,受信容量が不足すればサーバ容量を増やす必要があり,さらにパケット通信している場合は通信料も増える(むしろ,これらが通信事業者の狙いなのかもしれないが)。


 そこで考えてみる。IT化が進められてから久しいが,現在では情報の伝達や蓄積の技術は飛躍的に進歩した。しかし,情報そのものの質は,残念ながら下がっている。

 パソコンもこれほど普及していなかった昔であれば,プロの記者が作った新聞記事や出版されている本,そして実際に現場や現物に触れることでしか情報を入手する手段が無かった。その方法では,確かに情報量は少ないが,出所が確実で質の高い情報が多かった。そのうちラジオやテレビが普及し,今ではインターネットが当たり前のように利用され,ありとあらゆる事柄について,ある程度の専門的な情報まで手に入るようになった。
 しかし,それらの出所は不確実で,またその正確性について確かめようが無い情報も同時にあふれている。そのうち,自分の記憶の中でもその情報が何で得られたものなのかについてもあやふやになってしまう。

 これは何も,漠然とした言葉の情報に限らず,科学的なデータについても言える。昔はデータを蓄積するのに,人間が手でメモするか,紙に自動的にペンで記録するといった方法しかなかった。また分析にも多大な手間と時間がかかるため,何か実験データを採取する際にはある程度定性的に傾向を予測したり,法則性をつかんで目的や手段をはっきりさせた上で,無駄のない実験を行っていた。
 しかし,メモリも大容量化し,ハードディスクへのバックアップも追加すれば,ほぼ際限なくデータが採取でき,コンピュータも高速化されたために,パラメータを様々に変化させてもさほど手間がかからず分析できるようになった。そのため,実験内容をそれほど煮詰めずに行えるようにはなったが,一回一回の実験の質は落ち,また直観的に現象から傾向を見出し,正確かつ迅速に判断するという科学者自身の力もなくなっている。

 IT化して一見便利になったように見えたが,実は人間の仕事量は増えているというのはこういうことなのだ。パソコンや通信端末は,情報を伝達・処理するための手段に過ぎない。その情報をより分け,そこから意味を見出すのは人間が行わなければならないというのは,昔と変わりは無い。だからデータや情報量が増えた分,そのまま人間の負担になっている。
 つまり,無駄な情報が増えた分,人間の時間や能力を無駄遣いしているのだ。昔,紙やペンを無駄遣いしていたのとなにも変わっていないということなのだ。なんとも mottainai!


 それを解消するのがいわゆる「情報のスリム化」ということなのだが,これは何も難しいことではない。つまり,昔からの基本を変えなければいい。情報を選択する際のコンセプトを明確にしておけば,無駄な情報に惑わされることもないし,またキャパシティーをあえて制限しておくという方法でもよい。おのずと取得する情報量が限られ,その質を上げようと努力するはずである。

 現代人が昔の文化や昔ながらのやり方に一番驚くのは,その無駄の無さである。そういったものに学ぶのは,なにも生活の知恵や職人の技術だけではなく,一見現代特有の課題ともいえる情報の扱い方についても,同じことが言えるのだと思う。

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