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何を真面目に頑張るのか

また犬局の某番組で、くだらない事を延々とディベートしていた。「頑張れ」という言葉が、最近は単に相手にプレッシャーを与えるだけのネガティブなイメージだったが、励ます事で相手を認めたり、人との繋がりを確認出来る言葉として捉らえなおそうという、ようはポジティブキャンペーンだ。

なるほど、一理はある。一理はあるが、掘り下げが余りに足りない。ネガティブなイメージは、当事者以外の人間が無責任に頑張れと言ったりする、その使われ方が植え付けたと言えはしまいか?また、これは少し話題に出ていたが、「何を」頑張るかが一番重要だ。

頑張れば報われる。確かに昔はそういう時代もあった。また、頑張る事そのものも重要だという。何でも日本人には、頑張る事で快感を得る性質があるらしい。何かに没頭して頑張っている時間が、一番自分らしくいられるみたいな。成る程、確かに戦前の日本人は、没頭して周りが見えなくなる程戦争を頑張っていた歴史がある。

また、これもよく聞くが、現代はワーキングプアの時代で、真面目に働いていれば安定した生活が得られるという「当たり前」の事がかなわないんだそうだ。何が当たり前なのか。世界には,差別などで仕事に就けなかったり,封鎖された地区で日々生きるだけで精一杯で,働こうにも働けずにいる人もいるのだ。仕事をして金を得るのが当たり前とは,とんだ思い上がりだ。

「真面目に」「頑張って」働いても十分な収入が得られない人は、自分の仕事が市場の中でそれだけの価値があるのかまで、それこそ真面目に頑張って考えたことがあるんだろうか。誤解を恐れずに言ってしまえば、例えば泥棒や詐欺師だって、それこそ「仕事」を真面目に頑張っているはずだ。その頑張りに価値は有るか?

真面目に頑張るなら、「何を」の部分も頑張って真面目に考えて欲しいもんである。

また、番組の中では英語(Try your best!)と中国語(加油)を紹介していたが、いずれも気を悪くするようなニュアンスは全くないらしい。まあどちらも言葉のエチケットや重みを普段から重視する文化があり、日本のように同じ言葉が無責任にいろいろなニュアンスで使われるという事が無いのだろう。

ようはこの「頑張れ」問題は、日本人の言葉の重みに対する考え方に関わっているのだ。言葉の歴史にまで触れるという余裕があるなら、そこまで深く掘り下げて欲しかった。
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