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全ての物事には深い意味がある

PSP版「夜明け前より瑠璃色な」の中でのカレンの言葉

月の国教の司祭を務めるエステルが,達哉と協力して,達哉の通う学院のクラスメイトのために礼拝堂の見学会を開催する事になった。しかし,エステルは地球人のことをなかなか受け入れられず,あまり協力的になれずにいた。
そんな時,カレンがエステルにこう諭した。

「それとこれは私からの頼みです
・・・
本では伝えられない,血の通った歴史を伝えられるよう努力なさい」
「一見つまらない物事でも,実は多くの人の歴史や意思が下敷きになっているものです」



我々は,自分と直接関係の無い物事や,特に世の中であまり表に出てこないような物事について,つい軽々しく扱ったりくだらないと切り捨ててしまいがちです。しかし,どんな些細な物事にも,それに関わる多くの人々の思いや,積み重ねてきた時間があります。
もちろん,全ての物事を重んじて生きることは不可能ですが,わざわざ優劣を決めて軽んじたりくだらないと決め付けてしまい,ましてやそれを吹聴する必要も無いはずです。

また,より多くの物事の中に意味を見出そうとすれば,それだけ豊かな人生を送られるようになるとは思いませんか?
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feeling

日本人に関する '有ること' と '無いこと'。

感性があって、理性がない。
感想を述べるが、理想を語らない。

現実の内容はあるが、考え (非現実) の内容はない。
事実は受け入れるが、真理は受け入れない。

実学 (技術) は盛んであるが、哲学は難しい。
実社会の修復はあるが、理想社会の建設はない。

現実の世界は信頼するが、非現実の世界は信じない。
現実の内容を再現すれば、それは模倣である。
考え (非現実) の内容を実現 (現実化) すれば、それは創造である。
模倣力はあるが、創造力がない。

「今ある姿」を語るが、「あるべき姿」は語らない。
私語・小言は好むが、公言・宣言は好まない。
歌詠みは多いが、哲学者は少ない。

丸暗記・受け売りの勉強はあるが、考える力・生きる力がない。
学歴はあるが、教養はない。
序列判断はあるが、理性判断はできない。

学歴は序列判断の為にあるが、教養は理性判断の為にある。
学歴社会というのは、序列社会の言い換えにすぎない。
序列順位の低いことが恥と考えられている。サムライ社会のようなものか。
理性がなくても「恥を知れ」(Shame on you!) と叱責を受けることのない恥の文化が存在する。

民の声を代弁する議員は多いが、政治哲学はない。
総論 (目的) には賛成するが、各論 (その手段) には反対する。

理想 (非現実) は、現実に合わないと言って受け付けない。
現実の内容を根拠にして、理想を捨てる。
意見は個人個人で異なる。だが、小異を挙げて、大同を捨てる。

恣意 (私意・我儘・身勝手) が有って、意思がない。
恣意の力 (大和魂) に期待をかけるが、意思の力は認めない。
意思決定は困難を極め、多大な時間を浪費する。

「個人の意見は通らない」と言うが、個人を選出する意味が理解できていない。
意思があれば、手段がある。意思がなければ、手段はない。

この国には、何でもあるが、ただ一つ夢 (希望) がない。
この国には、現実はあるが、非現実がない。
日本語には現実構文の内容だけがある。日本語脳は、片輪走行である。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

noga | URL | 2011年01月01日(Sat)10:55 [EDIT]


Re: feeling

nogaさん

コメントありがとうございます。
大筋で仰りたいことはわかりました。そして、それらの根本的な問題は、つまり目指すべき理想や考え方のもととなる哲学・宗教のようなものが日本には無いということだと思っています。

しかし、それは日本の歴史を見ると仕方のない部分でもあると思います。
日本は古くから、「魏志倭人伝」と呼ばれる史料によれば、中国の南北朝時代、南朝に朝貢する事で認められた倭王を置き、朝鮮半島などの近隣諸国との関係を築いてきたように、良くも悪くも大国の影響お受けてきました。
また、日本はアメリカ及びロシアからの圧力により開国せざるを得ず、明治維新以降、文化や経済の面での大きな変化を受け入れざるを得ませんでした。そして日本が戦争に負けてアメリカの支配下になってから、日本古来の宗教である神道の象徴である天皇が実質的な権力を失った事が決定的となり、日本人のアイデンティティと言えるものが失われる事になってしまったのだと思っています。
しかし重要なのは、これから我々が日本人としてどう生きて行くべきか考える事だとおもいます。古くから受け継がれている思想や文化が希薄であるとしても、日本が続いている限り日本としての国の歴史はあります。そして、幸い史料等は豊富にあり、それらを分析する手段と技術もあります。

また、現代社会で使われなくなりましたが、日本語には他の言語には見られないすばらしい表現も沢山あります。それらを見直し、現代社会に受け入れられるような形で復活させる方法を模索して行く事が大切なのではないかと考えています。

xylapone | URL | 2011年01月02日(Sun)22:05 [EDIT]


 

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